大判例

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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1074号 判決

控訴人

石丸岩吉

右訴訟代理人

坂本亮

外二名

被控訴人

田中秀雄

右訴訟代理人

土橋忠一

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決別紙目録(一)(1)(2)記載の各土地(本件宅地1094.20平方メートル)が被控訴人の所有に属し、控訴人が右地上に同目録(二)(1)(2)記載の建物(本件(1)(2)の建物)及び同目録(二)(3)の構築物(本件(3)の構築物)を所有し本件宅地を占有していること、被控訴人が控訴人に対し昭和四一年六月本件宅地をバッティング練習場(野球打撃練習場)経営のために使用する目的で貸与し、控訴人が右地上に本件(2)の建物を管理人事務所として、本件(3)の構築物をバッティング練習場として同年六月一八日頃から同年七月末頃までの間に建築完成したこと、本件(1)の建物は控訴人において卓球場として建築し、その後これを撞球場に改装したことは、当事者間に争いがない。

二  本件宅地貸借が賃貸借か使用貸借かの点について判断する。

〈証拠〉を総合すると、控訴人はバッティング練習場経営を企図し、その用地を物色していたところ、本件宅地を見付け、辰巳某を通じ被控訴人の父田中辰造にバッティング練習場経営のため月額金一〇万円の地代で本件宅地を賃借したい旨申入れ、辰造は被控訴人を代理して交渉に当り、賃貸を承諾し、本件契約にいたつたこと、控訴人と被控訴人間に作成された本件宅地貸借の契約書(甲二号証の一、同七号証の一)には「使用貸借契約」及び「本件宅地を無償で控訴人に貸与する」旨の文言があるが、右契約締結の交渉の際、控訴人と被控訴人の代理人辰造との間には本件宅地利用に対する対価として、バッティング練習場の設備が完成するまでは月額金五万円、右完成後は月額金一〇万円を支払う旨合意がなされ、被控訴人もこれを了承していたこと、控訴人は右合意に従い昭和四一年六月中の契約締結時、同年八月一〇日及び同年九月一〇日に各金五万円を、同年一〇月一〇日及びそれ以降翌四二年六月頃までは月額金一〇万円を辰造にそれぞれ支払い、これらの領収書にはいずれも辰造の要望で税務署に対する関係から金三万円の領収書しか出せない旨いわれ、控訴人もこれを了承して金三万円を受領した旨記載された領収書の交付を受けて来たことが認められる。〈証拠〉中右認定に反する部分は採用し難い。

三本件賃貸借が建物所有を目的とする賃貸借か否かの点について判断する。

前示認定の事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  控訴人は昭和四一年六月当時流行したバッティング練習場用地として本件宅地を被控訴人から賃借したが、被控訴人は材木商を営み、もともと本件宅地をその息子が将来材木商の支店を開設するための用地として同三一年頃買受け、以後周囲に囲いをして空地のまま確保していたもので、本件宅地の賃貸借についても当初反対の意向を示したが、父辰造から建物を建築するためでなく必要なときいつでも明渡を受けられるといわれ、その賃貸を承諾するにいたつた。

2  控訴人と被控訴人との間に同四一年六月成立した本件宅地の賃貸借においては、被控訴人の右意向を反映させて、

(1)  その期間は、同年六月三〇日から同四二年四月末日までとし、右期間内でも被控訴人が自ら使用する場合は一ケ月の予告で本件宅地の明渡を求めることができる。

(2)  本件宅地をバッティングセンターとしてのみ使用し、それ以外の目的に使用しないこと。

(3)  控訴人は、本件宅地上に被控訴人の承諾なく建物、構築物を建築してはならず、承諾を受けて建築する建物も仮設のバラック式に限り、かつ床面積も延16.52平方メートル(五坪)を超えないものとする。

との約定が付されていた。

3  控訴人は右賃貸借成立の際被控訴人からバッティング練習場用構築物及び右面積の制限の管理人事務所建物の建築の承諾を得て同四一年六月一八日右建築工事に着手し同年七月末までにこれを完成した。管理人事務所(本件(2)の建物)は土間のままで基礎工事なく、約8.25センチメートル(二寸五分)角の木柱に内部は板張り、外壁及び屋根は波形トタン板張りの床面積27.74平方メートル(約八坪四合)の仮設建物であり、バッティング練習場用構築物(本件(3)の構築物)は本件宅地の約七割部分の四囲に鉄柱を建て、周囲及び上面に鉄網を張り廻らせ、打撃席及び投球用機械七台を設備し、その各部分に波形トタン板の屋根を設けた構築物である。

4  控訴人は同四一年七月バッティング練習場の営業を開始し、開業当初は盛況であつたが、一、二ケ月間で盛況の状態も終り、冬期に入るとともに右営業は不振の度を強め、投下資本を短期間で回収しようとした控訴人の計画も果せなくなり、控訴人は被控訴人から同四二年五月賃貸借期限を同四三年二月末日まで延期してもらい、同四二年六月下旬頃地代を月額金七万五、〇〇〇円に減額してもらつた。

5  同四二年一〇月頃にいたり、控訴人は、辰造に対し、「本件宅地の西側空地部分に卓球場建物を建築し、経営不振のバッティング練習場経営と併せて、卓球場を経営することによつて、控訴人の本件宅地に対する投下資本の早期回収ができるので、本件宅地の早期明渡もできる。」と述べて、卓球場建物の承諾を求め、辰造及び被控訴人は、控訴人にその投下資本の早期回収をさせ、本件宅地の早期明渡をさせる目的で、その頃卓球場建物の建築を承諾し、本件宅地賃貸借の期限も同四三年一二月末日までと約定し、同四二年一二月その旨の契約書を作成し、控訴人は同四三年一月頃までの間に卓球場建物として本件(1)の建物(その後控訴人において被控訴人の承諾なく撞球場用に改装)の建築を完成した。卓球場建物は、ブロックの基礎の上に約11.5センチメートル(三寸五分)角の木柱を建て、外装及び屋根は波形トタン板で張られ、内装及び天井は新建材を使用し、床を板張りとし、内部に柱及び間仕切壁もない床面積120.06平方メートル(約三九坪)の建物である。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉はいずれも信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四(1) 借地法一条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル」とは、借地人の借地使用の主たる目的がその地上に建物を築造し、これを所有することにある場合を指し、借地人がその地上に建物を築造し、所有しようとする場合であつても、それが借地使用の主たる目的ではなく、その従たる目的にすぎないときは、右に該当しない(最高裁判所昭和四二年一二月五日第三小法廷判決、民集二一巻一〇号二五四五頁)。

(2) 本件のように、バツテイング練習場として使用する目的で土地の賃貸借がされた場合に、右土地上にバツテンイグ練習場の経営に必要な管理人事務所用の小規模の仮設建物を建築、所有することが許されていたとしても、右建物所有は右上地をバツテイング練習場として使用するための従たる目的にすぎないから、右土地の賃貸借は、借地法一条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル」賃貸借に該当しない。

(3) 本件のように、バツテイング練習場として使用する目的で土地の賃貸借がされた場合に、右練習場の経営が不振となつたので、賃借人に卓球場を併せて経営させることによつて、賃借人にその投下資本の早期回収をさせ、かつ、右土地の早期明渡をさせる目的で、短期の右土地賃貸期間を定めた上、右土地の僅小部分に卓球場用の小規模の簡素な建物を建築、所有することを、賃貸人において承諾したとしても、右卓球場用建物所有は右土地をバツテイング練習場として使用するための従たる目的にすぎないから、右上地の賃貸借(右卓球場用建物の敷地部分についても)は、借地法一条にいう「建物所有ヲ目的トスル」賃貸借に該当しない。

(4) 右の法理により、本件宅地賃貸借に借地法の適用はない。仮に、卓球場用建物の敷地部分の賃貸借が借地法一条にいう「建物所有ヲ目的トスル」賃貸借に該当するとしても、上記認定の事実によれば、右借地権は、借地法九条所定の一時使用の借地権に該当する。

五従つて、本件宅地の賃貸借は、約定された期限である昭和四三年一二年月末日の経過により期間満了により終了したから、控訴人は被控訴人に対し本件宅地をその地上の本件(1)(2)の建物及び本件(3)の構築物を収去して明渡す義務があり、かつ、右賃貸借終了の後である昭和四四年四月一〇日から右宅地明渡ずみまで賃料相当の損害金の支払義務がある。右損害金の額は少くとも当事者に本件宅地の賃料として最終的に合意されていた月額金九万円の原審認定額を下らないものと認められるから(右損害金の額について附帯控訴はない。)、控訴人は被控訴人に対し月額金九万円の損害金の支払義務がある。

よつて、被控訴人の本件請求を右限度で認容した原判決はその理由は異なるがその結論において正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(小西勝 入江教夫 大久保敏雄)

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